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今夜の番組チェック

北海道編(その1)

2004/8/31

 この日は午後半休。あわただしくお昼を食べると、荷物の最終確認をし、輪行袋に入れた自転車と、3つのバッグを載せたキャスター付キャリアを車に積み、最寄の駅まで家族に送ってもらいました。
 かなり重たい荷物を担ぎながら、エスカレータを乗り継ぎなんとかホームへ・・・。最後尾の車両に乗り込み、荷物が倒れないように支えながら座席に腰掛けます。時間帯がお昼過ぎなのでやや人は少ないですが、それどもやっぱりこの大きな荷物は邪魔にはなっているようです。私の横2つの席は空いたままです・・・。
 東京駅に着くと今度は新幹線ホームに向かいます。新幹線乗り場の改札で、二つの荷物をいっぺんに通そうとしてひっかかり、女性の駅員さん3人くらいに手伝ってもらいました^^;)。今回利用する新幹線「はやて」は全席指定席。テロ対策の警戒中のようで、車両の荷物置き場やゴミ箱が閉鎖されているので、自転車は車両の3列席側の最後尾に置きました。

     



 自転車に鍵をかけることができそうもないので、ちょっと心配。また、最後尾の席の人がリクライニングしたときに自転車にぶつからないかが心配でしたが。特に問題なかったようです。そのほかのバッグなどはキャスター付キャリアに載せ自分の足元に置きました。ここにきて、急に安心し喉に渇きを覚え、コーラを車内で130円で買いました(小さい缶なのに高いですが・・・)。

     



 八戸駅に着くと、ホームから改札へ、改札から出口へとエレベータを乗り継いで八戸駅の外に出ました。八戸駅は大きくはありませんが、とても綺麗な駅でした。駅の外に出ると早速自転車を組み立てます。

      




 まだ、この頃は自転車に荷物を積むのに手間取っていました。その上、荷物の固定がいまいちで”ぐらつき”があります。この積載テクニックは、後々上達していきます。この時点では20分くらいかけて組み上げていました。ちなみに、この日は台風がつい先ほどまで猛威を振るっていた地域なので、風がけっこう強かったです。
 私が自転車を組んでいる時、駅で病人or怪我人がでたようで、救急車が来ていました。ただ、肝心の患者が担架で運ばれてくるまでにずいぶん時間がかかっているようで、白衣をまとった運転手と思われる人がずっと外で待っていました。そこで、”お仕事中スミマセン”といって、フェリー乗り場である八戸港への行き方を聞きました。すると、わざわざ駅前の立て看板地図のところまで行って丁寧に説明してくれました。このとき”フェリーは欠航しているよ”て言われましたが、既に知っていました。そうなんです、台風の影響で自分の便の前2つは欠航していたのですが、自分の予約した便からは大丈夫だということも知っていました(運がいいです^-^)。
 辺りはだいぶ暗くなってきていました。途中のコンビニで、フェリーの中で食べるもの(おにぎり、パン、ポカリなど)を買いました。

     



 さて、そろそろ海沿いに来ているはずなのですが、フェリー乗り場がさっぱりわかりません。看板はあっても真っ暗でよく見えません。看板を確認する場合は、自転車のライトをハンドルバーより外して、手に持って対象物を照らして読みます。かなり不安になってきた頃、高校生らしい人が歩いていたので、フェリー乗り場を聞いたことろ、”まっすぐ行けばわかる”と言われ、まっすぐ進みました。しかし、隣に工場があるだけで、全然フェリー乗り場らしきところがないのです。だいぶ進んでいるので、かなり不安になってきました。すると、とても大きな工場の入り口にタクシーが止まっているのが見えました。そのタクシーに近づき、運転手にフェリー乗り場の位置を尋ねることができました。すると、やっぱりとっくに通り越していたのです。本当に詳しく教えてもらいました。もちろん汗をかきながら大慌てで長い距離を引き返します。すると、タクシーの運転手に教えてもらったよりも早くフェリー乗り場のような雰囲気のところを見つけたので、看板を信じて早めに左折してしまいました。しばらくすると教えてもらった目印のコンビニが見つかりました。やがて、フェリー乗り場の看板が・・・・。
 乗船手続きは乗船の1時間半前までに済ませる必要があります。今回はたった8km程の距離を走るのに、2時間半もの余裕時間を割り当ててておいたにもかかわらず、結局わずか30分しか余裕がありませんでした。

     



 乗船手続きを無事済ませた後(慌ててたからでしょうか、実はここで学割が効くことをすっかり忘れてました)、自転車を輪行袋に収納し、バッグなどをキャスター付キャリアに積んで、乗船準備をします。
 八戸市街の走行中に、路肩から歩道にあがる時バランスを崩し、左のサイドバッグを摺ってしまっていたので、この時バッグの破損状況を確認しましたが、やぶれるほどまではいっていませんでした。でも、ちょっとショックでした。しかし、この後に何度も擦ることになります。
 上の輪行時の写真と比べるとわかるのですが、真ん中の灰色のロープがありません。現場を去るときは忘れ物がないように確認しているので八戸駅前に置き忘れすることはないと思われます。きっと、どっかで道中で落としたようです。

     



 そして、いざ乗船時間になると、人混みがすごいです。前2便が台風で欠航したのも影響しているのでしょうか?団体客などがけっこういます。さて、乗船ですが、荷物がとても重く、ターミナルから船までの距離が長く感じます。しかも階段が数箇所あります。本当にきついです。そしてなんとか船にのりこみ今度はここから客室まで重い荷物を運ぼうとしたとき、乗務員の人が”自転車でしょ?この辺に倒れないように置いといていいよ”といわれ、乗船してすぐのところの置かせてもらいました。ここは自動車を駐車するデッキと同じ所になります。これは非常に助かりました。客室までの階段はかなり狭いため、自転車はかなり運びにくかったと思います。※ちなみに、帰りの便では、私のほうからここに置かせてもらえるように頼み、快諾しくてました(これは重要なことです!)。

     



 団体さんは各部屋にまとまって寝ているようで、思った以上に部屋が空いていました。結構あとから乗船したにもかかわらず客室の角に陣取ることができました。
 フェリー乗り場探しと、荷物運びでかなり疲れてしまい、おにぎりを食べて、風呂も入らず、歯も磨かず、そのまますぐに寝てしまいました。

      



2004/9/1

 夜中に喉が渇いて目を覚ましましたが、ポカリを飲んで2度寝・・・そして朝になると、自分が寝ている客室内は、気がつかないうちに大所帯になっていました。まだ薄暗かったのですが、私は早く起きてしまったので(5:30頃)、甲板にでました。すると、月と太陽が、ともにはっきりと見えました(写真では左が月、右が太陽です)。このとき既に北海道の陸地が見えました。

      



 北海道の苫小牧港に着きましたが、車のない乗客は最後に降りるので、しばらくタグボードやアンカーをひっぱる作業などを見ていました。以前、北海道に来たときは、車の中で待機させられたのでこれらを見るのは初めてです。

      



 そろそろ下船の時間となると、一度客室でばらした荷物類をパッキングしました。私は荷物が多かったので、一番最後に降りました。
 フェリー・ターミナル内で苫小牧の地図・資料を適当にもらい、ターミナル外にでた所で、警備員のおじしさんから”自転車組み立てるんだろう?その辺りで組み立てるといいよ”と教えてくれました。そこに目をやると、ルイガノのハードテル・バイクがありました。RaceXCと書いてあったと思いますが・・・、バッグなどは無かったので、ツーリングしているわけではなさそうで、持ち主も見かけませんでした。DW0とのツーショットを撮らせてもらいました。

     



 さて、向かうはラリー会場となる帯広ですが、今日は途中の日高辺りでキャンプの予定です。まずは水鳥で有名なウトナイ湖に向かうことにしました。苫小牧の港を出ると、まず歩道(兼自転車道)にやたら木の枝が落ちていることに気がつきます。おそらく昨日の台風によるものでしょう。

       



 次に綺麗な住宅街を抜けると、トンボの多さに驚きます。ものすごい数が私にぶつかってきます。しばらくすると道が行き止まりになりました。地図ではそうはなっていないのですが・・・・そこで、コンビニで買い物ついでに聞くと、どうも一本隣の道を走っていたようです。少し時間をロスしましたが、なんとかウトナイ湖にたどり着きました。

      



 ここはキャンプ場にもなっているようですが、さすがに午前中から、ここに留まるわけにはいきません。

     



 湖畔近くに行くと、鳥たちが騒ぎ出しました。しょうがないので、ちょっと離れたところで朝ごはんを食べました(コンビニのパンとおにぎりです)。その後、併設の無料休憩所でトイレを済ませると、先に進みました (下の写真を見ると、リアディレイラー側に倒してありますが、ちゃんとぶつからないこと確認して、倒してあります^^)。

     



 下の写真は途中で見かけた駅なのですが、駅舎はなくホームだけです・・・もちろん駅員もいません^^;)。北海道で何度か駅を見かけましたが、こういうところ結構あるようです。

     



 途中、覚えたてのセルフタイマー機能をつかって、記念撮影・・・まだ、このときはかなり余裕がありますが・・・しかし・・・。

     



  北海道ではオートバイでツーリングしている人をよく見かけます。基本的にライダーは我々チャリダーに手を振ってくれますが、最初に出会ったライダーは手を振ってくれなかったので、”あれっ”と思いました。でも、二人目からはちゃんと手を振ってくれたので、こちらもワンテンポ遅れて手を振りました。

     



 途中、遺跡の発掘作業をのぞいたりしてました。この時はほんとうに余裕たっぷりでした。

     



 北海道らしくよく動物注意の看板が立ってます。鹿ならまだいいですが、熊は困りますね。

     



 途中で見つけたバス停の時刻表を見ると、う〜ん、1日に2、3本しかバスがないとは・・・・。

     



 ツーリング気分をたっぷり味わいながら走っていると、どうやら肝心の右折ポイントを過ぎてしまったようです。ただ引き返すのはつまらないので、いかにも北海道的な農道を通って(少しショートカットして)戻ることにしました。実際には、ここでも迷い結構なロスをしました。

       



 夕張あたりに来るころには上り坂が出てきます。この辺から少しペースをあげなければと思い始めます。途中、夕張市街のスーパー(農協のAコープ)で買い物をしました。インスタントラーメン、野菜ジュース、バナナなど・・・(北海道ツーリング中に、バナナは4房ほど買いました)。

        



 途中、キャンプ場を見つけましたが、まだ、15:30だったので、さすがにテントを張るには早すぎるだろうということと、翌日の午後には帯広に到着しないとセレモニーに間に合わないことから、がんばって予定通りのキャンプ場まで進むことにしました。
 さて、だんだんと日が暮れ始めたのですが、上りがきつく、なかなか距離が伸ばせません。長いトンネルではトラックが猛スピードで横を抜けていきます。ちなみに写真のトンネルは約1.5kmもあります。このときは、マスクが欲しくなるくらい、排気ガスがひどかったです。

     



 辺りはどんどん暗くなっていきます。それに従い不安感もぐんぐん増していきます。もうこの頃になると、すでに一日目にして足の力を使い果たし、きつい坂では自転車を押すようになります。おしりもかなり痛み出しました。

      



 もう、辺り真っ暗になると写真をとっているほど気持ちの余裕はなく、ひたすら日高の町を目指して進みました。最後はかなり長いくだりだったため、ノンブレーキで一気に10kmくらい進みました。この時は、完全に真っ暗な中を猛スピードで走るので、走りに集中していました。そして、町の明かりが見えてきたときは本当にうれしかったです。ちなみに、北海道は市街の外(つまり郊外^^)では街灯がないところがほとんどです。よって、夜になり、車が走らなければ、自分の自転車の明かりのみを頼りに走ります・・・・後は月明かりがプラスα程度です。
 街中のコンビニで少し買出しをして、キャンプ場の位置を人に聞きます。さらにちょっと進んだところで、おばあさんにも聞きます。さらに、中学生にも・・・もう道を間違えたくなかったので(下り道などを登りなおすのはいやだったので・・・)、3回も聞いてしまいました。結局たどり着いたのは、20時頃・・・・。(下の写真は翌朝撮ったものです。奥の方に他のチャリダーが青いテントを張ってます)

     



 キャンプ場は真っ暗で、受付の人も、もういないようです。少し奥に進むと、一人用テントを見つけ、そのフィールドに私もテントを張りました。テントの組み立ては事前にやっておいたので、何の問題もなくすんなりと組み立てられました。ちょっとすると、隣のテントの持ち主が自転車で(銭湯から?)帰ってきたようで、私のところに来て挨拶していきました。さらに、しばらくすると女の子がやってきて”この時間にテント貼るんですか?大変ですねー”と言っていたが、自分にあまり気分的に余裕がなかったので、世間話などせずに風呂の場所と時間(あと30分くらいで閉まるところだった)を聞いて、そそくさと銭湯に向かいました。銭湯はホテル内にあり、大きく立派なところでした。洗濯もその銭湯の脱衣所で済ませました。風呂上りには湧き水を2杯ほどもらいました。テントに戻り、簡単な夕食(カレーだったかなぁ?)を済ませると、21:30頃に眠りにつきました。



2004/9/2

 翌朝気持ちよく4:30頃には目を覚ましました。ほんとうにぐっすりと寝た気がしました。朝といってもまだかなり薄暗く、他の人達は寝ているようです。
 自転車はいたずら防止のために、この日だけは自転車を半分前室に入れたまま寝ましたが、あまり意味がなさそうなので、結局この日だけでした・・・。

      



 朝は、あったかいラーメンを食べました。あと、バナナと・・・。

     



 テントの露付きがひどかったので、拭いたり、乾かしたりしながら、朝食作りと荷物のパッキングをやりました。結局半乾きのままテントをしまいました。なんだかんだやっているうちに、隣のチャリダーはお茶(?)だけ飲んで、私より先に挨拶してキャンプ場を出て行きました。自分もパッキングを終え、出発することにしました。昨日、話しかけてきた女の子チャリダーは歯を磨いていました。

     



 昨晩は暗かったのと、気持ちに余裕がなかったので、町の様子をちゃんと確認したのはこの時でした。山奥ですが、比較的綺麗な町ですね(右の写真がキャンプ場へ続く急な下り坂です)。

      



 日高の町を勢いよく飛び出しはいいのですが、しばらくすると、何やら後ろから車がクラクションを鳴らしてきました。これは、声援だと思い手を振って答えましたが、また別の車がクラクションを鳴らして、さらに”寝袋みたいなものを落としたよ!”と声を掛けてくれました。お礼を言った後、振り返ってみると、かなり後方にテントの袋が落ちているではありませんか!(写真では歩道上で黒っぽい点になっているのがテント)まったく気がつきませんでした。本当に助かりました。ありがとうございました。

     



 テントが落ちないように、今度はしっかりとキャリアに固定し、後は気持ちよく、ぐんぐん進みました。

       



 所々に”熊・鹿”の注意を促す看板がありますが、どう注意すればいいでしょうかね?

     



 途中、小雨だったのが、やや強くなってきたので、ある工事現場を過ぎた辺りで、初めての雨天ツーリングスタイルになりました。3つのバッグにレインカバーを被せ、自分はレインウェアとレインシューズカバーを身に着けました。

      



 ”日勝峠”の8合目くらいでしょうか、交通安全祈願のお地蔵さんがいたので、そこで休憩させてもらい、バナナを食べました。

      



 やっと頂上の看板が見えてきました。ここまで、途中に1合目から9合目まで看板があったので少しは励みになりました。どこまで登るのかわからないのはチャリダーにとって結構な不安材料になりますから、こういうのは助かります。

     

 頂上付近のトンネルを越えてすぐの風景を眺めると、かなり登ったことが実感として伝わってきました。向こうのほうにうっすらと見える町が帯広・十勝の町でしょうか。この峠を走るインプレッサやランサーを沢山見ました。中にはラリージャパンのシールを貼った車もちらほら見るようになり、ラリー開催場が近いことが感じられました。
     



 頂上から下って5合目に差し掛かったとき、展望台を見つけました。お土産屋さんやトレイなどもあり、休憩もできます。この日はまだ足に少し余力があったので、階段を登って景色を楽しみました。この休憩所でチャリダーは見かけませんでしたが、この峠を登っているチャリダーは女の子も含めて5人くらいいました。みんなチャリダーどうしで手を振りあいました。

      



 頂上よりはかなり地上が近く見えますね。

      



 この後は、ほとんどノンストップで一気に下り帯広に向けてぐんぐん進みます。平地に降りてきてからはかなり長い直線道路が何本か続きます。

      



 帯広市内に入ってからは、かなり迷いました。バイクに乗った郵便局員のおじさんや町のおばさんににラリージャパンのHQ(ヘッドクォータ)となる”とかちプラザ”の位置を聞きました。帯広の町はいままで通過してきた町と比べると、断然広いです。はっきりとは覚えていませんが、16:00頃には何とか”とかちプラザ”に到着できたと思います。

       




 とかちプラザ内を一通り見てまわった後、当日チケットの購入可能時間をチェックし、外へ・・・。キャンプ場を探すべくどうしようかと思っていたところ、すぐに近くにタクシーの運転手さんを見つけて、”テント張れそうなところ、この辺りにありますか?”と聞くと、すぐ近くの帯広中央公園を教えてくれました。確かに水道はあり、トイレもありますが、公園の囲む全ての道が見渡せるくらい狭い公園でした。

      



 とりあえずテント張るには目立ちすぎるので、もう少し時間が遅くなってからテントを張ることにしました。そこで、時間潰しも考えて食料の買出しにでも行こうかなと考えているとき、公園の隣あたりからボンボン音が聞こえてきました。そうラリーカーの発する音です。なんと隣の駐車場にラリーカーがスタートセレモニーのためにぞくぞくと集まってきていたのです。みんな知らないようでギャラリーはすごく少ないです。

       



 私は、警備をしていた警察官にスーパーの場所を聞き、スーパーで買出しを済ませた後、スタートセレモニーが始まる場所に行きました。こちらはすでに沢山の人が続々と集まっていました。本当にすごい人ごみでしたが、大変盛り上がっていました。この時撮った写真は別ページにまとめておきます。

       



2004/9/3

 翌朝、4:30頃に目を覚ますと、まずは当日券を買いに行きました。行列などもできておらず、5:00にプラザが開いたのと同時に当日券・シャトルバス券を確保することができました。

     



 券購入後、また中央公園に戻ってきて、食事と洗濯をしました。洗濯をしていると、水道を使いにやってきたおじいさんが”どこから来た?”とか、”洗濯なら、噴水でやるといいぞ”とか話しかけてきましたが、途中でおじいさんの知り合いが自転車でやってきたので、あっけなく二人の話は途中で終わりました。

     



 だいぶのんびり過ごして10:00頃になっていたでしょうか、またとかちプラザに行き、そこからシャトルバスに乗ってサービスパークに向かいました。パークには自転車やオートバイで来ている人もいましたが、距離が思ったよりあったのでバスでよかったと思います。、
 尚、サービスパークの写真はたくさんあるので、別ページにまとめました。

       



 サービスパークを見学して、その後は直接スーパーSSの会場に行ってもよかったのですが、まだ時間がかなりあったので、一度とかちプラザに戻りました。とかちプラザでは休憩スペースが屋外に設けられていたので、そこで休憩をしました。ここでは、”ジャガイモもち”や”ジャガイモ揚げ団子”、”十勝牛”のレア焼き、”じゃがバター”、”焼きとうもろこし”など特産品をなんと無料で、おかわり自由で食べれました(私はおかわりする前にお腹いっぱいになりました。ごちそうさまでした)。そんなことしているうちに、そろそろ、本日のメインイベントのスーパーSSを見に行く時間になりつつありました。まだ、スーパーSSの開場まで時間があるのですが、早めに行っていい場所を確保したかったので、とかちプラザ15:00発のシャトルバスに乗り札内に向かいました。開場では、フランク入りやきそばを食べました。

      



 その夜は最高のポジションで世界の走りを目の当たりにすることできてとても満足でした。スーパーSSについての詳細は別ページにまとめました。

      



 スーパーSSを見終わると、もう21:00ごろだったでしょうか。今日はずっとラリー観戦で自転車による移動をしていないため、中央公園にそのまま延泊してもよかったのですが、帯広を少し離れたキャンプ場まで足を伸ばすことにしました。途中、大きな橋を渡ると、町を出たという感じで、だんだん辺りは暗くなりました。

     



 キャンプ場に到着したのは22:30頃でしたが、そのキャンプ場は張り紙によると22:00閉鎖で、もう門を閉じてしまっていました。夜間来訪者用のインターホンで管理人と連絡が取れましたが、他の人に迷惑とのことで入れてもらえません。”テントと張るなら少し戻ったところにトイレがあるから・・・”と言われましたが、戻るのがいやだったのでキャンプ場前の芝生にテントを張りました。ただ、このキャンプ場での宿泊をあてにしていたので、手持ちの水がペットボトル1本しかなく、夕飯・朝食、飲み水、手洗いの分としては足りません。よって、キャンプ場に木の隙間から自転車で入って、水場やトイレを探しましたが、すべて建物内にあり、ガラス扉には鍵がかかっているようでした。しょうがないので、水を節約し、なんとかもたせることにしました。

     



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